英文長文読解 短期集中 個別指導 

KVC Tokyo  英語塾

                               



































































































































塾長のコラム 2019年9月20日  『日本語には未来形がない』







日本語には未来形がない




2019年9月20日

皆様、KVC Tokyo 英語塾 塾長 藤野 健です。

  日本には未来がない、景気も良くならずに或る種の社会的閉塞状況にあり大変憂鬱だ、ではありませんので慌てないで下さいね。

 これまでのコラムで英語学習に対する一般的な取るべき姿勢或いはすぐに役に立つ実践的な暗記事項などについて述べてきましたが、<英語とは、言葉とはそもそもなんぞや>の話を交えて進めて行こうとの第3段となります。英語の背景を知って貰うことは英語学習にも利するところが大きい筈です。



 日本語の場合は、未来の日にちを付けても動詞は現在形のままですね。例えば、僕は明日は図書館に行く、で済まされます。僕は毎日ご飯を食べるけど明日はパンを食べるね、です。未来に行う事に関しては、現在形の動詞に未来であることを表す修飾句 (副詞句) を付随させて表すしかありません。誰かが、「僕はパンを食べるんだ」とボソっと言ったら、毎日食べてるのか或いはこれから食べるのか相手は状況を確認しなければならないのです。これが日本語には (明確な) 未来形が無いと言われる所以です。日本人は意識せずに話していますのであまりピンと来ないかもしれませんが。現在形と未来形が一緒だと言うので、過去形に対して 現在形を非過去形と呼称もします。



以下、参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/エストニア語

 エストニア語の現在形は現在と未来時制を兼ねるから非過去形であると記述されています。エストニア語は対岸のフィンランド語とは同系ですが、ドイツ語などの影響を受けて、<てにをは>の言葉から格変化の言葉へと移行しつつある様ですね。英語は逆にゲルマン語系の格変化を失い、前置詞を多用した一種の<てにをは>言語に移行しつつあるのと対象的です。


https://ja.wikipedia.org/wiki/フィンランド語

 エストニア語と同じ仲間のフィンランド語の動詞活用にも未来形はありません。因みにフィンランド語には日本の促音(っ)に相当する発音が有り、これの存在しない欧州語(イタリア語は除く)話者には学習の困難度を上げるようです。


https://en.wikipedia.org/wiki/Germanic_languages

Other significant characteristics are:

 The reduction of the various tense and aspect combinations of the Indo-European verbal system into only two: the present tense and the pasttense (also called the preterite).

 ゲルマン諸語の特徴の1つとてし、印欧語の動詞システムに存在する様々な時制及び相の組み合わせが減少し、現在形と過去形の2つしか存在しない。








Languages Without Verb Tenses?! Langfocus

https://youtu.be/9XqdvarsGMU

動詞に活用形としての時制表現を持たない言語の紹介。

インドネシア語、中国語が動詞に過去、現在、未来の区別を持たないもの

と例示されますが、<既に、〜中だ、まだ>、に相当する言葉、或いは時間

を表す言葉を付け加えることで過去現在未来が表現可能です。


このビデオに対し中国人から以下のコメントが付いています:

I'm Chinese Cantonese speaker, I sometimes forget to use tense in English,

when I say 'Yesterday I go to school', my English friends will be confused and

remind me I need to use 'went', but I still think 'Hey, I've already said Yesterday'?


「私は広東語話者ですが英語で時制表現するのを時々忘れてしまいます。Yesterday,

I go to school などと喋ると友人達は混乱してしまい went を使えと気づかせて呉れま

すが、私の方は、えっ?Yesterday と言ってあるでしょ?と思ってしまうのです。」

時の表現 yesterday を添え、動詞は現在形のままで使ってしまう訳ですね。



黄鶴楼送孟浩然之広陵 李白


動詞 <辞、下>は明らかに過去形と判断されます。西ノカタの語の扱いが今一ピンと

来ず、西にある黄鶴楼と読むべきか、「辞ス」に掛かる副詞(from the west to theeast)

と読むべきかどうも曖昧ですね。訳詩上の韻の調整もあると思いますが、そもそも

「にしのかた」 なる意味不明の奇怪な日本語は正直使わないで欲しいのですが。






 尤も、辞書に掲載されている動詞は実は未来形であるとの主張もあります。僕はご飯を食べる、とはこれからご飯を食べるの意で、現在形は、僕はご飯を食べている、との主張です。しかし、例えば、魚は泳ぐ、では、魚は泳ぐ習性にある、で、これから(=未来に)泳ごうとしている訳ではありません。と言うことで、それが未来形だとの主張には世間の賛同は得られないでしょう。

 目の前の事象に対して、未来の時間に関する修飾句を伴わずに現在形で自己主張をすれば、相手側は、それはこれから何かをしようとしている、極く近い未来のことだな、と、どの国の人でも判断してくれるとは思います。しかしそれはその場に於いて現在形で未来形(or 未来表現)を代用しているに過ぎず、未来形やそれに相当する表現を別個に持つその言語に於いては本来の未来形ではありません。未来形を持たない日本語では 未来表現の基本は<未来を表す時間の副詞句+現在形の動詞>ですね。これは実は未来形を持たないフィンランド語やそれに近いエストニア語 (これらは日本語と同じく膠着語です) などでも同様です。

 中国語には過去形や未来形がないことは漢文を習った方なら、ああ、そう言えば、とお気づきになるでしょう。磁石を並べる様に漢字をぴたりとくっつけて配列しているだけで漢字自体に何らの活用形は有りません。基本は時間そのものや動作の進行具合を示す別の漢字をくっつけて過去の事か、現在か、未来の事かを判別させます。詰まりは中国語では時制 tense を、(動詞無変化形) + [(時間表現  mood   例:昨日、今、明日) and/ or  (動作の状況 aspect  例:既に、〜中だ、まだ)] で表現する構造ですね。


 漢文の教科書に必携の、李白の、黄鶴楼送孟浩然之広陵 (黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る) の原文 (白文)を見ると、


 故 人 西 辞 黄 鶴 楼

 煙 花 三 月 下 揚 州

 孤 帆 遠 影 碧 空 尽

 惟 見 長 江 天 際 流


 これの書き下し文 (日本語の語順に<解読した文)は、


 故人西のかた黄鶴楼(こうかくろう)を辞し

 煙花(えんか)三月(さんがつ)揚州に下る

 孤帆の遠影(えんえい)碧空(へきくう)につき

 惟だ見る長江の天際に流るるを


 となります。確かに直接の時制表現はありません。


 これの1つの英訳は、

https://en.wikipedia.org/wiki/Yellow_Crane_Tower

A modern English translation is:


My old friends said goodbye to the west, here at Yellow  Crane Tower,

In the third month's cloud of willow blossoms, he's going  down to Yangzhou.

The lonely sail is a distant shadow, on the edge of a blueemptiness,

All I see is the Yangtze River flow to the far horizon.


 と、適宜時制を意識しての英訳になっています。


 余談ですが、ここ黄鶴楼で、友よ、君は西にさよならを告げた、とあります。<西辞>、で<西に別れを告げて東に向かう>との意味ですね。西に向かってサヨナラを言った訳で、建物の黄鶴楼にサヨナラしたのではなさそうです。黄鶴楼に上り、西方を眺めて別れを告げた、の意味で、従来の書き下し文は誤りで、故人、西ニ辞ス、黄鶴楼 コジン ニシニジス コウカクロウニテが正しい読み下しでしょう。或いは コジン コウカクロウニテ ニシニジスの読み方でも良い筈です。意味不明の<西ノカタ>から解放されました。孟浩然が黄鶴楼の上の階に上って、西の山並みを眺めて 「これでこっちも見納めだ、アバヨ」 と言ったのでしょうか。







"File:MacArthur Landing Site.JPG." Wikimedia Commons, the free mediarepository.

10 Nov 2016, 14:50 UTC. 29 Mar 2019, 08:34

<https://commons.wikimedia.org/w/index.php?

title=File:MacArthur_Landing_Site.JPG&oldid=212907754>.

改変無し、ライセンス情報は上記url に記載。


レイテ島のマッカーサー上陸記念公園に建てられた銅像

"I have just returned" と、この時に発したのでしょう。






 それでは英語の場合はどうかと言うと、お分かりの様に英語には単語自体の未来形の活用は無く、動詞句 be going to (これから〜しに行くところだ) や助動詞  will  (〜して遣ろうか)を使います。英語はゲルマン祖語から派生した言語の1つですが、実は近代ゲルマン諸語(英語、スカンジナビア語、デンマーク語、オランダ語、ドイツ語、アイスランド語等)では複雑な時制が簡略化し、動詞の時制は基本は過去形と現在形の2つから構成される共通性があります。動詞の未来形の活用はありません。時を示す副詞句が添えられていなくても <動詞句 or 助動詞+:現在形動詞>が未来を示すシステムです。


 英語の未来表現には、主語の意志表明の濃淡も被さります。助動詞 shall を使うまでになると「(未来には) 必ずそうしてみせる」と最強の意志が盛り込まれます (但し英国英語ではshall は単なる未来を指す用法で使われます)。因みにたまたま塾長のメダル収集箱に収まっている米国の南北戦争代用貨 (愛国トークン) の一面に、 The  Union Must and Shall Be Preserved  との文字が刻まれているのですが、これはユニオン (リンカーン側を支持する北部 20州)は必ず守られるぞ、いやきっと守ってみせる、とのスローガンになります。そう言えばマッカーサー司令官がフィリピン (当時は米国が植民地化していた) のミンダナオ島からの脱出を余儀なくされ、到着したオーストラリアで  I  shall  return. きっと戻ってみせる、と何度も口にしたのは有名です。日本軍に追い出され、悔しかったのでしょう。


 それがラテン語系のフランス語になると、動詞語尾が活用する形で明確な未来形が存在します。簡単に言うと、現在形の活用形に対して活用語尾に r の発音が挟まるだけなのですが。以下の単純明快且つ合理的な活用法と時制表現をご覧下さい:


フランス語の時制活用の一部

愛する aimer


直説法現在


j’aime      私は愛する  ジェム

tu aimes     お前は愛する

il aime      彼は愛する

nous aimons  我々は愛する  ヌゼモン

vous aimez   あなた(達)は愛する

ils aiment    彼らは愛する



直説法半過去

 (発音は基本的に現在形の活用語尾に e か i の音が加わります)

j’aimais      私は愛した ジェメ

tu aimais     お前は愛した

il aimait      彼は愛した

nous aimions   我々は愛した ヌゼミオン

vous aimiez    あなた(達)は愛した

ils aimaient    彼らは愛した



直説法単純未来

 (発音は基本的に現在形の活用語尾に r の音が挟まります)

j’aimerai     私は愛するだろう ジェムレ

tu aimeras     お前は愛するだろう

il aimera      彼は愛するだろう

nous aimerons  我々は愛するだろう ヌゼムロン

vous aimerez   あなた(達)は愛するだろう

ils aimeront    彼らは愛するだろう


 この様に、時制表現のあり方を考える事も、外国語そして日本語自体の理解を深めるのに役立ちますね。