英文 読解 短期集中 個別指導 弱点克服
KVC Tokyo  練馬英語塾

                               













































https://ci.nii.ac.jp/naid/110000955843
英語・句レベルの曖昧性について : 英語曖昧表現の諸相II
中野 清治
高岡短期大学産業情報学科

抄録
英語の曖昧表現は言語事実について興味深い側面を明らかにしてくれるが、従来の文法書は曖昧性についてはほんの申し訳程度にしか触れていない。前稿(「高岡短期大学紀要第3号」)ではLexical Ambiguityについて概観してみたが、本稿ではStructural Ambiguityを句レベルにおいて検討してみたい。言葉の曖昧性は、語そのものが多義であることに起因するものと、語が結合することによって構造が多様に働くために多義が生じるものとがある。後者のばあい、句のレベルで生じる曖昧性と文のレベルで現れる曖昧性とに区分できるが、本橋では句レベル、とくに名詞句、動詞句、形容詞句、<-ing句>がどのように曖昧性を生じるのかを観察する。小論の目的は上記の句形式の意味論的曖昧性の実態ないしは姿を明らかにすることであって、曖昧性を惹き起こす理由をさぐったり、曖昧さを解消する手順を検討するといったような、思弁的な文法理論や規則を組み立てることではない。































































































 塾長のコラム 2019年10月20日  『英語は論理的か(その2)








英語は論理的か(その2)


2019年10月20日

皆様、KVC Tokyo 英語塾 塾長 藤野 健です。

 英語の欠陥としてよく知られた具体例ですが、下記論文にて詳細な構造的分析が行われています。この様な指摘は英語圏の者自体が以前から行っていることですが、日本語での説明はやはり分かり易く参考になります。英語は構造的に複数通りの解釈を許し、意味が多重性を持ち、曖昧性が出るとの指摘です。

https://toyama.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=7262&item_no=1&page_id=32&block_id=36 (ここからpdf 形式の全文をダウンロード出来ます)


語・句レベルの曖昧性について英語暖昧表現の諸相II 中野 清治

University of Toyama NII-Electronic Library Service University of Toyama

高 岡 短期 大学 紀 要   第4巻    平成5年3月

Bull Takaoka Natiomal College.Vol.4,March1993


https://pracownik.kul.pl/files/11463/public/structural_ambiguity.pdf

Structural ambiguity in English word-formation Bogdan Szymanek

ポーランドのルーブリンカトリック大学の紀要?

こちらも上記中野氏と似たような論文ですが、中野氏の文献の引用はありません。発表年不明ですが2010年以降のものであるのは確かです。








 状況を掴んで解釈出来る、或いはその様な慣用的な意味合いに馴れている者は別として、初学者に英文和訳を難しいものにしている原因の1つは、英語が許容する構造的な曖昧性の中に確実に存在するでしょう。曖昧だから初学者には意味概念が把握しにくい訳ですね。言葉がどこに掛かるのかがまず分かり難いのです。またそれに応じ、言葉の持つ意味が変わりもします。


 詰まり、文意が多重的に把握可能な場合、読み手側は前後等の状況からいずれの意味なのかを判断しなければなりません。コンピューターでの機械翻訳時に問題となる、語義の曖昧性解消 word-sense disambiguation を人間の脳内でフル回転で処理しなければならない訳です。当然条約や法律の条文に於いては、文意が多重性を持たぬように限定された意味を持つ用語 (往々にして仏語起源!) を採用しながら細心の注意をもって作成することになります。そうしたにせよ、フランス語では形容詞の性数とそれが修飾する名詞の性数が一致しますので、言葉と言葉との対応性、即ち明確性は英語よりは確実に上がります。








 少し前にも執筆者が非英語圏の者 (姓名からの判断) が書いた遺伝学の文献を読んだのですが、形容詞がどこに掛かり何を言い表そうとしているのか、また形容詞の持つ時間系列性が曖昧で、過程なのか、結果を表しているのかの判断に迷った事があります。これは自分の専門では無い遺伝学の文献ゆえに余計に分かり難かった面もあろうかと思います。遺伝学の専門家であれば、ああ、この形容詞はここに掛かると「慣用的」に即座に理解可能な筈ですが、学術論文の英語を一応は論理語として読まんとする者には理解不明となります。英語に native な者であれば、曖昧性を避けるきっちりした記述を心がけただろうと思います。内容が優れているとの理由で英語表現に多少の問題があってもレフェリーがパスさせたのでしょうね。

 以上述べてきましたが、英語の持つ非論理的側面を理解した上で、英文読解、英文翻訳、或いは英文作成を行うこと、スッキリした頭で作業に入れるのではないかと思います。

 塾長の出身高校は公立の進学校の部類であり、教員はほぼ茗渓閥(東京教育大が茗荷谷に位置していたため、それ由来の学閥)で固められていましたが、英語の授業で英語構造の曖昧性などについて特に教えを受けたことはありませんでした。高校3年の時点で英語の曖昧表現に関する参考書は個人的に入手していましたが、頭の中のもやもやが完全には解消されることなく受験に突入して行った経緯があります。真のエリート校ではこの様な事もきちんと教えられているのかもしれませんね。